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まなぶ

岡崎城

2015.12.02

所在地:岡崎市康生町561番地
TEL:0564-24-2204

岡崎城の起源は15世紀前半まで遡ります。明大寺の地に西郷頼嗣(稠頼)によって築城されたのがそのはじまりです。その後、享禄4年(1531)に松平清康(家康の祖父)が現在の位置に移して以来、ここが岡崎城と称されるようになりました。

岡崎城は徳川家康の生まれた城として知られています。「桶狭間の戦い」で今川義元が敗死した際に家康(当時は松平元康)が今川氏から独立した城でもあります。江戸時代には家康誕生の城として重要視され、本多氏(康重系統)、水野氏、松平(松井)氏、本多氏(忠勝系統)と、家格の高い譜代大名が歴代の城主を務めてきました。

岡崎城天守閣

明治維新を迎えると情勢は変わり、新しい時代には不用とされた城郭の大部分は明治6年から7年にかけて取り壊されてしまいました。 このあとは、堀と石垣が昔日の面影をわずかに伝えるばかりでありましたが、岡崎の象徴である天守閣がないままではしのびないとする市民の思いは強く、昭和34年(1959)に、ほぼ昔どおりの外観の天守閣が復元されました。

東照公産湯の井戸

天文11年12月26日(1542年)徳川家康公は岡崎城内で誕生しました。この井戸の水を汲み、産湯に使用されました。本丸の北西、坂谷曲輪跡に位置します。

東照公産湯の井戸

東照公(とうしょうこう)えな塚

この城で生まれた徳川家康のえな(胞衣)を埋めた塚で、もと本丸南にあったものを、ここに移して記念としました。

東照公(とうしょうこう)えな塚

竹千代(幼少期)と家康の像

竹千代(幼少期)と家康の像

三河武士のやかた家康館

昭和57年、岡崎公園の西隅(旧岡崎城二の丸跡)に開館した歴史観光資料館。常設展示室では、三河武士の源流から家康の祖松平氏の歴史と家康の75年の一生をテーマ別にし、時代順に展示されています。その他、特別展示室、資料室、ビデオルーム、収蔵室を併設し、三河の歴史をわかりやすく紹介しています。

三河武士のやかた家康館

しかみ像

世に云うしかみ像「徳川家康三方ヶ原戦役画像」は、浜松の三方ヶ原で武田の大軍に無理な戦いを挑み、負け戦となり多くの家臣を失った家康が、自戒の念を忘れることのないように描かせたものと伝えられています。顔をしかめて苦渋の表情をあらわした珍しい肖像画で、このしかみ像は、かの画像を基にして制作された石像です。

しかみ像

しかみ像石碑

岡崎公園 からくり時計塔

平成2年に完成したこの時計塔は、三河武士のやかた家康館前の広場にあります。一見普通の時計ですが、時間になると文字盤が開きます。高さ約6メートルの時計塔から能を舞う徳川家康公の人形が現れ、扇子を広げて踊ったり、仮面をつけたり外したり見る人の心をなごませます。

岡崎公園 からくり時計塔

岡崎公園時計台石碑

※人形の登場は、30分に1回です。おみのがしなく!

この記事を書いた人

みかわワンダーランド編集部

三河エリアの活性化と情報発信を目的とした、新しい形のWeb コンテンツ。 オリジナルキャラ「みかぽん」の訴求により、三河の面白さ、奥深さに触れる機会を提案。

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