chala

Loading...

まなぶ

竹島弁天

2015.12.19

所在地:愛知県蒲郡市竹島町3−15
TEL:0533-68-3700

日本の七弁財天の一つである八百富神社(竹島弁天)は蒲郡市の三河湾に浮かぶ竹島の中央に位置します。島全体が八百富神社の境内になっており、竹島弁天の他に4つの祭神(宇賀神社 / 宇迦之御魂神、八大龍神社 / 豊玉彦命、大黒神社 / 大国主命、千歳神社 / 藤原俊成卿)が祀られています。このページでは八百富神社(竹島弁天)の主な建物、見所等を紹介していきます。

竹島橋

竹島と陸地を結ぶ387mの竹島橋、現在の橋は昭和61年(1986)年に架け替えられたものですが、最初は名古屋の繊維問屋、株式会社滝兵商店(現:タキヒヨー株式会社)の5代目、滝信四郎(たきのぶしろう)の寄進によって昭和7年(1932)の4月に建設されました。多額の私財を投じて、蒲郡の観光の基礎を築いた滝氏は「蒲郡の観光開発の祖」と呼ばれる人物として、現在も多くの蒲郡市民に親しまれています。

竹島橋

八百富神社(竹島弁天)

八百富神社(竹島弁天)は養和元年(1181)に三河国国司であった藤原俊成卿によって創建されたと伝えられています。祭神の市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)は開運・縁結び・安産の神として知られています。神名の斎き島(いつきしま)は神の島を意味しており、神に斎(いつ)く島の女性とされています。

八百富神社(竹島弁天)

宇賀神社

祭神の宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)は食物をつかさどる神様です。日本書紀ではイザナギ命とイザナミ命が、国生みの時に飢えを感じて宇迦之御魂神を生んだと記されています。
宇賀神社は潮津波のため一時、郡内の国府村に移されていましたが、享保10年(1725)7月に国府村と竹島の神主が同時期に「竹島に帰りたい」という霊夢を見たことによって竹島に戻されたと伝えられています。

宇賀神社

八大龍神社

祭神の海神龍王、豊玉彦命(とよたまひこのみこと)は日本神話上の海底の国である綿津見国(わたつみのくに)を主宰する豊玉姫命の御父神です。
八百富神社(竹島弁天)を創建した藤原俊成卿の夢に、「竹島に長く留まり、全ての人々に幸福を与えなさい」というお告げがあり、海底にあった綱を引き上げて、ここに祭ったという言い伝えがあります。雨乞いにご利益のある神様として知られています。

八大龍神社

大黒神社

いつから祭られたか定かではありませんが、祭神の大国主命(おおくにぬしのみこと)は国土を平定し、土地を開拓し、庶民に農耕の道を教え、医薬、まじない、酒造り、温泉療法などを開発し、葦原中国の国作りを完成させた神様です。国造りの神、農業神、商業神、医療神などとして仰がれています。

大黒神社

千歳神社

千歳神社には八百富神社(竹島弁天)を創建した藤原俊成卿が祭られています。和歌に秀でていた俊成は後白河法皇の名で千載和歌集を編集しました。指導者としても定評があり、小倉百人一首を編集した息子の定家や新古今和歌集の選者の一人である藤原家隆など優秀な歌人を多数輩出しています。1145年に三河守となり、1181年に八百富神社を創建したと伝えられています。

千歳神社

三河湾に浮かぶ神秘

対岸とは僅か400m程度しか離れていませんが、竹島は暖帯林になっており、対岸とは全く違う植物が群生しています。この現象は非常に珍しいとされ、竹島は昭和5年(1930)に天然記念物に指定されています。調査によると竹島には65科238種の植物の自生が確認されているそうです。この中にはサカキカズラ、カゴノキ、キノクニスゲらも含まれており、これらは植物分布上注目すべきものとされています。
三河湾に浮かぶ神秘、竹島には私達がまだ知らない秘密が沢山隠されているのかもしれません。

三河湾に浮かぶ神域

この記事を書いた人

みかわワンダーランド編集部

三河エリアの活性化と情報発信を目的とした、新しい形のWeb コンテンツ。 オリジナルキャラ「みかぽん」の訴求により、三河の面白さ、奥深さに触れる機会を提案。

http://mikapon.net/